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歴史に対しての向き合い方

さて、このブログを見られた方はどう感じておられるか分かりませんが、私は誰か特定人物のファンな訳ではありません。
もちろん、過去には坂本竜馬・高杉晋作・新撰組の面々やなど、一時期ハマった方々もいます。

ただ、色んな本を読んでいるうちに自分の中で歴史に対する考え方が変わってきたんですね。
それは今も進行中ですから、私の史観は一定ではありません。
色々新しい物に触れれば当然そうなりますよね。

自分が興味を持った人を調べるのは普通の事だと思いますが、その人の評価はそれを書いた人によって左右されます。
これも当然ですよね。まぁ、その理由を挙げるとすれば以下の様になると私は考えるんです。

1.100%史実であると誰もが認める事柄であった場合でも、それを実行した人の評価は一定ではない。

例えばですね。まぁ、ペリーがやってきて日本が無理矢理開国させられたのは誰もが認める事実でしょう。
さて、現代人のペリーに対する評価はいかがなものでしょうか。

1)武力を見せつけて我が国を開国させるとはけしからん奴、と思う人
2)あのタイミングで開国したからこそ、今の日本があるんだから感謝すべきだ思う人
3)あのタイミングで開国したからこそ、今の日本があるけれど、今の日本がけしからんのでペリーもけしからんと思う人

まぁ、3)はちょっと極端ですけど、そう思うのは自由ですね。
と言う事で、評価者の生まれや育った環境、現在の状況(これらはもちろん評価者の知り得た情報も含みます)などにより、評価者の評価基準が固まってくるんだと思うんですが、これが人それぞれでありますから、やはり歴史人物の評価も一定ではない訳ですね。

2.ある事象が事実かどうか100%確証がない場合

100%確証はないが事実として扱い、それを前提で評価を行う事が幕末なんかだとかなり多いですよね。
例えばですね、幕末の歴史をざっと一冊に要約した本なんかが結構あるかと思いますけど、こういった本の中では大老「井伊直弼」の独断での「日米修好通商条約調印」だとか、独断での「安政の大獄」の実施だとか、まぁ、一般的に言われている事が書いてある訳です。

いちいち細事を突っ込んで書いていたら、予定されている紙面の枠を越えてしまいますし、それを調べる時間も必要です。
どちらかと言うと、時間の問題の方が大きいと思いますけどね。それでまぁ、一般的に言われている内容でざっと流してしまう訳です。
ですから、これを良い悪いと言う気は全くないのですが、そういった事情もあると思うんですね。

では、実際に井伊直弼が独断で日米修好通商条約を結んだかどうかという事の事実検証です。

1)独断で結んだとする説
何冊かこれに関する本を読んだのですが、残念ですがきちんとした根拠(資料)が見当たりません。ただ、あくまでも今の時点で、私が見つけられないだけですので存在すると思います。

2)独断ではなく、幕府内の合議で決めたとする説
井伊家より彦根城博物館に提出された井伊家の資料を長年研究された人が書いた本があります。

井伊直弼 (幕末維新の個性)

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この本なのですが、著者の「母利美和」さんが長年前述の資料を研究されており、この資料を引き合いに出しながら、ご自分の考えを述べられています。

井伊家家老の木俣家「公用方秘録」という資料に書かれている内容なのですが、条約調印に際して開かれた幕府内の評議で調印に反対したのが1名だけ、直弼は更に熟考すべしという意見でした。
そこで老中達と更に審議を行う訳ですが、堀田正睦・松平忠固は「即時調印」を主張し、その他の者は策は、「なくなるべく引き延ばすしかない」というものでした。

これを受けた直弼は、勅許が得られるまでなるべく調印は引き延ばす様に、交渉に当たる岩瀬忠震らに命令するのですが、ここで交渉に行き詰まった場合は調印しても良いかと言う問われ、許可してしまったとあるんですね。

さて、私としてはこの資料の偽造・捏造の可能性も0ではありませんが、比較的信頼性の高い資料であると言えると思うんですね。

この場合、木俣家「公用方秘録」に匹敵する信頼性の高い資料が出てこない・・・というか私が見つけられない限り、私の見解としては「日米修好条約は幕府内の合議で出来るだけ引き延ばすべし」と言う事に決定し、直弼の判断で「最悪の場合は調印も止むを得ないと」外交官に許可をした為、条約が結ばれたという事になる訳です。

ちなみに、この「止むを得ない場合の許可」を直弼は相当後悔しており、大老を辞任したいと家臣に漏らしたのですが、家臣に諌められて考え直しています。これも出所がはっきりした資料がある訳ですね。

もちろん、著者の母利さんの歴史家としての評価も重要です。大ホラ吹きだったら話になりませんからね。
これは現状まだ未検証なのですが、こういった物に触れる事によって私個人の史観が固まって来るんだと思います。

史観は人それぞれ、人の数だけ史観があるという考え方は大いに賛成するところで、歴史の楽しみ方も人それぞれで自由だと思います。
人の史観にとやかく言うつもりも毛頭ありませんし、歴史に興味を持ち、大いに楽しんで頂ければ幸いだと思います。

ただ、私としては、あくまでも私の基準で、なるべく信憑性の高いと思われる情報もとに、志士達の人となりをお届け(垂れ流し?)して行きたいと思う次第でございます。

蛇足ですが、私の史観が変わった場合、過去記事をコッソリ直す事もあると思います。

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